【迷走のカレー道】大学時代の空腹と、僕を救った「黄金のB級グルメ」

グルメ

こんにちは、まよいです。

「試行錯誤」という言葉を辞書で引くと、おそらく僕の大学時代の写真が載っているんじゃないか。それくらい、あの頃の僕は迷走していました。 専攻していた学問は、実社会のどこに繋がっているのかさっぱり見えない。将来の計画なんて「行き当たりばったり」にもほどがある。

そんな僕の、中身のない胃袋と空っぽの自信を満たしてくれたのは、いつだって一皿の「カレー」でした。

東京という街、特に学生街には、神がかったB級カレーが点在しています。 今回は、僕が実際に通い詰め、挫折し、そして立ち直るきっかけをくれた「実在する聖地」でのエピソードとともに、僕の選ぶカレー3選をお届けします。


1. 神田神保町『まんてん』――「山」を登り、限界を知ったあの日

大学1年生の初夏。僕は神田神保町の古本屋街を、重い教科書を抱えて歩いていました。 明治大学や日本大学のキャンパスがひしめくこの街は、カレーの激戦区です。欧風カレーの名店『ボンディ』や『ガヴィアル』の芳醇な香りが漂う中、僕が吸い寄せられたのは、路地裏にある**『まんてん』**でした。

「大盛り」という名の若気の至り

『まんてん』のカレーは、いわゆる「お洒落」とは無縁です。挽肉たっぷりのドロッとしたルー。その上に、カツやコロッケ、赤ウインナーが載り、仕上げに謎の「コーヒー」がついてくる。これこそB級の極致です。

当時の僕は、自分のキャパシティを全く把握していませんでした。 「大盛りに、カツとシュウマイをトッピングで」

今思えば、それが最初の間違いでした。カウンターに置かれたのは、もはや皿ではなく「山」でした。ご飯が見えない。ルーが溢れそう。 周囲の明大生たちは、慣れた手つきでその山を切り崩していきます。僕も負けじとスプーンを入れましたが、中盤で手が止まりました。

敗北のコーヒー

『まんてん』には、食事の最後に小さなデミタスカップのコーヒーが出されます。 それは完食した者への祝福なのですが、あの時の僕には「もうこれ以上は無理だろ?」という挑戦状に見えました。 結局、最後の一口が喉を通らず、僕は店のおじさんに「すみません……」と小声で謝りながら、白旗を揚げました。

あの時飲んだ、冷めたコーヒーの苦味。 「自分の限界を考えずに突っ込むと、最後には動けなくなる」という当たり前の事実を、僕は神保町の路地裏で学びました。僕の「行き当たりばったり」に、初めて「限界」という指標が刻まれた瞬間でした。


2. 早稲田『キッチンオトボケ』――「安さ」と「雑さ」がくれた肯定感

大学2年生になり、僕はなぜか早稲田大学のサークル活動に顔を出すようになりました。 (自分の大学よりも早稲田のほうが「迷走している人間」に優しそうな気がしたからです)

そこで出会ったのが、早稲田通りにそびえ立つB級グルメの殿堂、**『キッチンオトボケ』**のカツカレーでした。

質より量、そしてスピード

『オトボケ』のカツカレーは、洗練とは程遠い存在です。 注文してから出てくるまでが異常に早い。カツは薄いけれど、その「揚げたてという暴力」が空腹の学生にはたまらない。ルーも家庭的なようでいて、どこか中毒性がある。

当時の僕は、将来への不安から、怪しげな自己啓発本を読み漁ったり、全然興味のない資格試験の勉強を「とりあえず」始めたりしては挫折していました。 そんな空虚な努力の帰り道、500円玉(当時はそれくらいでした)を握りしめて『オトボケ』のカウンターに座ると、不思議と心が落ち着いたんです。

「ここでは、何も飾らなくていいんだ」

周りを見渡せば、サンダル履きの学生や、何年も留年していそうな先輩が、無心でカレーをかき込んでいる。 「とりあえず食え。話はそれからだ」と言わんばかりの、あの雑で力強いカレー。 『オトボケ』は、迷走して迷子になっている僕を、その安さとボリュームで丸ごと肯定してくれました。 僕にとってのカレーは、栄養補給ではなく、「生存確認」の儀式になっていました。


3. 御茶ノ水『カロリー』――「カロリー」という名の直球勝負

大学3年、いよいよ就職活動という名の「社会からの圧力」が強まってきた頃。 僕は御茶ノ水駅のすぐ近くにある**『キッチン カロリー』**にいました。

カレーと「カロリー」の結婚

ここの名物は、鉄板に乗った「カロリー焼き(牛バラ肉とパスタを炒めたもの)」ですが、僕が愛したのはその横に添えられた、あるいは上からぶっかけられたカレーです。

店名からして、健康への配慮など微塵も感じさせない潔さ。 「迷ったら、重い方を選べ」 当時の僕は、就職先の候補すら決められず、右往左往していました。エントリーシートを書こうとしては消し、自己分析をしては自己嫌悪に陥る。

そんな時、鉄板の上でジュージューと音を立てるカレーライス(通称:カツジャン)を眺めていると、悩んでいる自分が馬鹿らしくなってくるんです。

「こんなに脂ぎって、茶色くて、カロリーが高いものが、こんなに人を幸せにしている。だったら、僕の人生も、多少ぐちゃぐちゃで高カロリー(過剰)な方が面白いんじゃないか?」

試行錯誤のゴールは、胃袋にある

結局、僕はその後の就職活動でも、何十社と落ち続けました。 でも、御茶ノ水の坂を登り、秋葉原方面へ歩きながら、「まあ、最悪『カロリー』のカレーが食えるくらいの金があれば生きていけるわ」と思えるようになった。

この「根拠のない安心感」こそが、B級カレーが僕に授けてくれた最大の武器でした。


結びに:皿の底に見えるもの

大学時代の数年間、僕が食べたカレーの総量は、おそらく僕が書いたレポートの文字数よりも多いでしょう。

神保町の『まんてん』で限界を知り。 早稲田の『オトボケ』で居場所を見つけ。 御茶ノ水の『カロリー』で覚悟を決めた。

僕の「試行錯誤の記録」の根底には、いつもスパイスの香りと、少しだけ焦げたルーの味があります。

今の僕が、行き当たりばったりで人生を楽しみ、迷うことを恐れずにいられるのは、あの頃の僕を支えてくれた「茶色い一皿」たちのおかげです。 完璧なレシピなんていらない。その時、その場所で、一番お腹が空いている時に出会ったカレーこそが、人生の正解なんだと思います。

さて、この記事を書いていたら、猛烈にあの「ドロッとしたルー」が恋しくなってきました。 神保町の路地裏まで、少し寄り道してこようと思います。

また、次の記録(あるいは次の皿)でお会いしましょう。

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