渾身の「アイス三選」

生活

こんにちは、まよいです。

「試行錯誤の記録」というこのサイト、普段は僕が仕事や趣味でいかに無計画に突っ込み、いかに華麗に散ったかを記録している場所ですが、たまには僕の血肉(という名の糖分)となっている「相棒」たちを紹介させてください。

僕の人生は、常に「行き当たりばったり」です。 そんな僕が、夏の暑い日も、冬の凍える夜も、コンビニの冷凍ケースの前で「あっちかな、こっちかな」と数分間迷い続けた末に、結局いつも手に取ってしまう「三種の神器」があります。

中学時代の情けないエピソードから、大人になった今だからこそ感じる深淵な哲学まで。 僕の人生に深く関わってしまった、愛すべきアイスたちの記録です。


第3位:スイカバー ―― 「夏の終わりの、未完成な僕ら」

第3位は、ロッテの「スイカバー」です。

このアイスには、僕の中学校時代の「行き当たりばったり」な性格が凝縮されたような、ほろ苦い思い出があります。

中2の夏、種はどこへ消えた?

中学2年生の夏、僕は好きな女の子を誘って近所の夏祭りに行くという、人生最大級の「無謀な作戦」を実行しました。もちろん計画性なんてありません。待ち合わせ場所もあやふや、何時にどこへ行くかも「ノリ」で決めていました。

結局、お互いの家が遠かったこともあり、夏祭りの会場に着いた頃には屋台のほとんどが閉まりかけていました。気まずい沈黙。計画性のなさが露呈し、僕は半泣き状態。そんなとき、唯一開いていた小さな商店の冷凍庫に刺さっていたのが「スイカバー」でした。

僕は見栄を張って、彼女の分と合わせて2本購入しました。 「スイカ、好き?」と聞くと、彼女は「種がチョコなのがいいよね」と笑ってくれました。

しかし、事件は起きました。 その日は異常に気温が高く、僕のスイカバーは袋を開けた瞬間から猛烈な勢いで溶け始めたのです。僕は焦りました。かっこいいところを見せたいのに、手はベタベタ。しかも、焦って食べたせいで、スイカバーの最大の特徴である「種(チョコ)」を味わう余裕すらなく、一気に飲み込んでしまったのです。

彼女がゆっくりと種を楽しみながら食べている横で、僕はただの「緑色の棒」と化した持ち手を握りしめ、溶けた赤い汁をシャツにこぼしていました。

スイカバーが教えてくれた「擬態」の美学

スイカバーは、スイカではない。でも、スイカになろうと必死に努力している。 あの赤い果肉(のような氷)、緑の皮(のようなシャーベット)、そして申し訳程度の種(チョコ)。

この「本物になろうとして、ちょっとズレている感じ」が、当時の僕にはたまらなく愛おしく思えたのです。完璧なスイカになれなくても、アイスとして最高に美味しい。 「まよい」という名前を名乗る今の僕にとって、スイカバーは「未完成でいいんだよ」と語りかけてくれる戦友のような存在です。


第2位:バニラモナカジャンボ ―― 「パリパリへの執念、崩壊する計画」

第2位は、森永製菓の「バニラモナカジャンボ」。 これはもう、アイス界の王道中の王道ですが、僕にとっては「試行錯誤」の象徴です。

鮮度という名のギャンブル

バニラモナカジャンボの命は、言うまでもなく「モナカのパリパリ感」です。 中学時代、僕は登下校の道すがら、どのコンビニのジャンボが最もパリパリしているかを研究する「パリパリ調査隊(隊員1名)」を結成していました。

ある日、学校の裏手にある古びた商店でジャンボを買いました。 「この店、客が少ないから在庫が古いかもな……」と、行き当たりばったりな予感がよぎりましたが、僕は自分の直感を信じて購入。案の定、一口噛んだ瞬間に「シナッ……」という絶望的な食感が口の中に広がりました。

「湿気たモナカは、もはやジャンボではない」

そう悟った僕は、自宅で「モナカ復活作戦」を敢行しました。 親がいない隙を狙い、トースターで10秒だけ焼く。そうすればモナカが乾燥してパリパリになるはずだ――。

結果、どうなったか。 モナカは確かにパリパリになりましたが、中のバニラアイスが音速で溶け出し、トースターの底は甘い沼と化しました。煙を吹くトースター。激怒する母。 僕は溶けたアイスをスプーンで掬いながら、「熱と冷の共存がいかに難しいか」を、身を以て学んだのです。

「ジャンボ」という名の信頼

大人になった今でも、スーパーの冷ケースでバニラモナカジャンボの山を見ると、あのトースターの焦げ臭い匂いを思い出します。 バニラモナカジャンボは、僕に「タイミングの重要性」を教えてくれました。 パリパリを味わうためには、買った瞬間に食べるか、あるいは溶けるリスクを承知で攻めるか。

人生も同じです。チャンス(パリパリ)は一瞬。迷っている間に、モナカは湿気り、アイスは溶けていく。 「とりあえず、今すぐ噛みつけ!」 ジャンボを食べる時、僕はいつも自分にそう言い聞かせています。


第1位:ガリガリ君 ―― 「ハズレの中に、僕の居場所がある」

そして栄えある第1位は、赤城乳業の「ガリガリ君」です。 僕の人生、僕のサイト、僕のアイデンティティ。そのすべてが、この一本のソーダ味の氷に詰まっていると言っても過言ではありません。

当たりを引けない男の、逆襲

中学校3年間、僕はほぼ毎日ガリガリ君を食べていました。 目的はただ一つ。「当たり」を出すことです。

友人たちは次々と「もう一本!」を引き当て、学校帰りの駄菓子屋で歓声を上げていました。一方の僕はというと、通算500本以上食べても、一度として「当たり」の文字を拝むことができませんでした。

「どうして僕だけ当たらないんだ?」

行き当たりばったりな性格ゆえに、僕は「当たりが出る確率が高いと言われる角度」で棒を抜いてみたり、包装紙の微妙なズレを解読しようとしたり、ありとあらゆる無駄な試行錯誤を繰り返しました。 でも、出ない。いつも棒には「ハズレ」の無慈悲な二文字、あるいは真っ白な虚無。

しかし、中学3年の受験シーズン。模試の結果も散々で、志望校も決まらず「迷走」の極みにいたある日。 僕はいつものようにハズレの棒を見つめながら、ふと気づいたんです。

「当たりが出ないからこそ、僕は毎日こうしてガリガリ君を買い続けているんじゃないか?」

もし、最初の一本で当たりが出ていたら、僕はこんなにガリガリ君に執着しなかったでしょう。 ハズレるからこそ、次がある。 失敗するからこそ、次の試行錯誤が生まれる。

「当たり」を引くことが人生のゴールではない。 「ハズレ」を楽しみながら、何度でもレジに向かうそのエネルギーこそが、僕という人間なんだ――。

その瞬間、ガリガリ君はただのアイスから、僕の「人生のバイブル」に昇華しました。

結局、ソーダ味が一番落ち着く

ガリガリ君には、たまに「コーンポタージュ味」や「ナポリタン味」といった、狂気じみた限定フレーバーが登場します。 僕はそういう「行き当たりばったりな攻めの姿勢」が大好きです。

もちろん、食べてみて「うわ、これは失敗だ!」と悶絶することもあります。 でも、その失敗があるからこそ、定番のソーダ味に戻った時の安心感が半端じゃない。

「いろいろ試して、迷走して、結局ここに戻ってくる」

このサイト『試行錯誤の記録』も、ガリガリ君のような存在でありたいと思っています。 新しいことに挑戦しては玉砕し、でも最後には「まあ、次はソーダ味(基本)からやり直せばいいか」と笑えるような、そんな場所。


結びに代えて

スイカバーの未完成な甘さ。 バニラモナカジャンボの、一瞬のパリパリに懸ける情熱。 そして、ガリガリ君が教えてくれた、ハズレを愛する強さ。

僕の血肉となっているこの3つのアイスは、僕に「迷うことの豊かさ」を教えてくれました。

計画通りに進まない夏も、溶けてしまったアイスも、当たりが出ない日々も。 すべては、いつか笑って話せる「試行錯誤の記録」になります。

皆さんも、コンビニの冷凍ケースの前で迷った時は、ぜひ思い出してください。 その「迷い」こそが、あなたが今、全力で人生というアイスを選んでいる証拠なのだということを。

さて、今日も一本、ガリガリ君を買いに行ってきます。 たぶん今日もハズレだろうけど、それでいいんです。

また次の記録でお会いしましょう。

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